東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)222号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本件発明の要旨)及び同三(本件審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 そこで、取消し事由の存否について検討する。
1 事実誤認Ⅰについて
(一) 引用例に、「扉が閉成される左右の門柱1、1の基部を結ぶ線分が、支持枠7長だけ門柱の背面側に平行移動してできる線分の略両端近傍に、該線分方向に対して無視できる厚さで地表へ植設された二つの支柱3、3と、該二つの支柱3、3の地表高近傍にその一端をそれぞれ軸着され、上記二つの支柱の一つ及び該支柱と同一側の上記門柱とを含む面又は該面近傍の平行面内で回動自在とされた支持枠7と、該二つの支持枠7、7の開放端間に、該二つの支持枠7、7に対して略直交して一体に固着され、上記左右の門柱1、1間を遮蔽するに足る面積を持つた前面枠6と、上記二つの支柱3、3に並設したガイド杆9に配設されたすべり子10の上昇限度を規制するストツパー16」を有する「はね上げ式扉」という考案が記載されていることについては、原告らの自認するところである。
(二) そこで、引用例に、本件審決が引用考案として認定した「アーム8の軸着点3b近傍と該軸着点3bを配設された上記支柱3に並設したガイド杆9に遊嵌した上記すべり子10とは、支持杆により端部どうしを枢支して連結し、上記支持枠7及びアーム8を地表と親しまない方向に付勢しかつその作用線が略鉛直方向とされたコイルスプリング15」の記載が存するか否かについて検討する。
(1) 原本の存在と成立について争いのない甲第三号証によれば、引用例の実用新案登録請求の範囲(引用例の考案の要旨)は、「常時は門柱を閉塞する扉であつて、その扉本体の後部は、門柱の背面側に立設した支柱に揺動自在に支持し、支柱にはそれと平行にガイド杆を取付け、ガイド杆にはすべり子を摺動自在に取付け、すべり子には弾発手段が押し勝手に作用し、さらにすべり子と上記扉本体とは支持杆により端部どうしを枢支して連結したことを特徴とする扉」であることが認められる。
また、前記甲第三号証によれば、引用例の考案の詳細な説明の欄には、図面に基づき実施例の説明として、「扉本体4は、支柱3と平行で門柱1、1間に位置する前面枠6と、その上端両側から支柱3に突設する二本の支持枠7、7と、支持枠7の先端と前面枠6の下部を斜めに連結するアーム8、8を有している。支持枠7とアーム8の端部どうしは前記支持部3aで、ピン3bにより揺動自在に支持されている。
支持手段5は次の通りである。支柱3、3の前面にそれと平行にガイド杆9が取り付けられ、そのガイド杆9にはすべり子10が摺動自在に嵌合している。すべり子10には杆11の一端がアーム8のブラケツト12には杆13の一端がそれぞれ揺動自在に支持され、杆11と杆13の他端どうしはコイルスプリング14で接続している。
なおガイド杆9にはすべり子10の下部でコイルスプリング15が巻装されている。・・・コイルスプリング14、15は扉2の閉鎖時に圧縮状態にある。」と記載されていること、また、実施例の扉の作動について、「扉2のいずれかを持つて押し上げると扉2は九〇度揺動して支柱3の頂部に位置する。この場合コイルスプリング14、15の弾発力によりその揺動がスムーズになる。」と記載されていること、さらに、引用例の考案の効果として「扉の開時には弾発手段が作用するから軽い作動力で扉を開けることができる。」と記載されていることが、それぞれ認められる。
(2) もつとも、前掲甲第三号証によれば、引用例には、扉本体と支持杆との連結点であるブラケツト12が、アーム8の軸着点3bより扉前面枠寄りに離れた位置に取り付けられ、支持杆の傾きが扉閉時には約八〇度、扉開時には約七〇度となる実施例が、第3図とともに記載されていることが認められるが、引用例の考案の要旨には、前記のとおり、「扉本体とは支持杆により端部どうしを枢支して連結した」とのみ記載されていて、扉本体と支持杆との連結点の位置は何ら特定されていないから、引用例の考案においては、連結点の位置いかんによつては、支持杆の方向が鉛直ともなれば、かなりの角度を持つたものともなり得るものと認められる。
したがつて、引用例の考案の要旨には、連結点が軸着点の近傍で支持杆の方向がほぼ鉛直方向とされた場合を含むものであるから、本件審決は、そのような場合を引用考案として引用したものと認められる。
(三) 原告らは、引用考案には、作用線なる文言が一語も記載されていないから、引用考案の技術は作用線を問題にするものではない旨主張する。
引用例の考案の要旨が前記認定のとおりであり、引用例の考案の詳細な説明の欄に「扉の開時には弾発手段が作用するから軽い作動力で扉を開けることができる。」ことが記載されていることも、前記認定のとおりである。右事実によれば、扉本体は、その後部か支柱に揺動自在に取り付けられているとともに、支持杆の一方の端部と枢支して連結しており、また、支持杆の他方の端部はすべり子と枢支して連結しているから、扉と支持杆との連結点における扉の重力によるモーメントは支持杆を介してすべり子を下方に押し下げる。一方、すベり子は、弾発手段が押し勝手に作用するようにガイド杆に摺動自在に取り付けられ、ガイド杆は支柱に平行に取り付けられているから、すべり子は鉛直方向に押し上げられ、その力はすべり子に連結した支持杆を介して扉を押し上げることとなる。したがつて、弾発手段はガイド杆に取り付けられているから、弾発手段の作用方向は鉛直であるが、支持杆が鉛直方向からある角度をもつた方向にある場合には、弾発力の分力が支持杆の方向に作用することとなる。
したがつて、引用例に、「すべり子には弾発手段が押し勝手に作用し」、「扉の開時には弾発手段が作用するから軽い作動力で扉を開けることができる。」と記載されている場合に、力が作用する点及びその方向は明らかであるから、弾発手段がいかなる方向に作用するか等は、作用線を用いて検討するのが当業者にとつて当然のことであり、引用考案に作用線なる文言が一語も記載されていないとしても、引用考案の技術は作用線を問題にするものではないとはいえず、原告らの右主張は理由がない。
(四) また、原告らは、引用考案は、引用例の第3図によれば、扉が閉じたときの作用線はその角度が約八〇度であり、開いたときの作用線はその角度が約七〇度、アーム8が水平位置にきたときには約六〇度程度であつて、支持杆の作用線は扉開閉の全行程においてほぼ鉛直に維持されているものではない旨主張する。
しかしながら、引用例の第3図は、実施例を説明するための図面でしかなく、引用考案の技術思想を理解するために利用することはできても、引用考案の技術思想を特定するものではない。
一方、「略鉛直」か否かは、本件発明との対比上問題となるものであるが、前掲甲第二号証によれば、本件発明の特許公報には、「本発明の構成に関連して言及した各所の設定角はそれぞれ数割増減して実施することを不可とする趣旨ではない。」(第四欄八行ないし一〇行)と記載されていることが認められるから、本件発明の「略鉛直」は鉛直方向を含む、ある範囲の角度をもつた方向をいうと解すべきである。
引用例の考案の要旨においては、前記のとおり、扉本体と支持杆との連結点の位置は何ら限定されていないから、連結点が軸着点の近傍でその作用線がほぼ鉛直方向とされた場合を含み、本件審決はそのような場合を引用考案として引用したものと認められ、本件審決の認定に誤りはない。
(五) さらに、原告らは、引用考案においては、作用線の方向を鉛直方向から他の方向へと変えることにより、アーム8に対する作用点を軸着点から遠ざけ、もつてモーメントを大きく稼ぐことを目的としている旨主張する。
しかしながら、引用例の考案の要旨は、前記のとおり、連結点の位置の特定がされていないから、連結点の位置を軸着点から遠ざけた場合には、原告らが主張する場合をも含むものであることは認められるが、本件審決が引用したのは、前記のとおり、このような場合ではないから、原告らの主張は理由がない。
(六) また、原告らは、引用考案の技術思想は、作用線をほぼ鉛直に維持するという本件発明のものとは全く反対に、作用線を鉛直方向にしないように傾斜させることにあり、この点で、引用考案と本件発明とは異なる技術思想に基づくものである旨主張するが、引用例の技術思想には、作用線を鉛直方向にしないように傾斜させる場合も含まれることが認められるものの、前記のとおり、本件審決は作用線を鉛直方向にする場合を引用考案として引用したものであるから、原告らの主張は理由がない。
(七) したがつて、本件審決が、引用考案は、「アーム8の軸着点3b近傍と軸着点3bを配設された上記支柱3に並設したガイド杆9に遊嵌した上記すべり子10とは、支持杆により端部どうしを枢支して連結し、上記支持枠7及びアーム8を地表に親しまない方向に付設しかつその作用線が略鉛直方向とされたコイルスプリング15とからなる、はね上げ式扉」であると認定したことに誤りはなく、原告らの主張は理由がない。
2 事実誤認Ⅱについて
(一) 原告らは、引用考案における「扉の開時には弾発手段が作用するから軽い作動力で扉を開けることができる」という弾発手段の作用効果と、本件発明のスプリングの作用効果である「扉開閉の全行程を通じて扉の操作力はほとんど不要となり、扉の円滑な開閉動作が期待できる」ということとを等価にみることはできない旨主張する。
しかしながら、前記のとおり、引用考案においては、扉が支柱の頂部に位置する場合のほかは、扉と支持杆との連結部におけるモーメントに抗して弾発手段による弾発力ないしはその分力が絶えず支持杆を介して作用しているから、扉の開時に軽い作動力、すなわち操作力で扉を開けることができる以上、扉を閉める場合にも、同様に軽い操作力で閉めることができることは、当然である。
(二) また、原告らは、引用考案では、すべり子を介して支持杆に沿つて作用するコイルスプリングと支持杆の一部として配置されるコイルスプリングという二段の構成であるのに対し、本件発明では、このような二段のコイルスプリングとは全く関係なく、作用線がほぼ鉛直というものであり、これらには明らかに相違がある旨主張する。
なるほど、引用例には、前記のとおり、実施例の説明として、「杆11と杆13の端部どうしはコイルスプリング14で接続している。」、「コイルスプリング14、15は扉の閉鎖時に圧縮状態にある。」、「コイルスプリング14、15の弾発力によりその揺動がスムーズになる。」と記載されていることからすれば、実施例においてはコイルスプリング14も扉の開閉時にはその弾発力が扉に作用していることは認められる。
しかしながら、前記のとおり、引用例の考案の要旨には、弾発手段について、「すべり子は弾先手段が押し勝手に作用し」とのみ記載されているにすぎないから、支持杆の一部として配置されるコイルスプリングは引用例の考案の構成要素とはなつていないこと、そして、引用考案がコイルスプリング14について何ら記載していないことからすれば、本件審決は、引用例記載の考案のうち、コイルスプリング14のないものを引用したものであると解される。
(三) したがつて、審決が、「(2)の相違点により、両者は作用効果において格別の差異を生ずるものとすることができないから、(2)の相違点に、実質的な差異を認めることはできない。」としたことに誤りはなく、原告らの右主張は理由がない。
3 以上の事実によれば、本件発明が、全体として引用考案と同一に帰するものであるから、本件発明が特許法二九条一項三号の規定に違反してなされたものであり、同法一二三条一項一号に該当し、無効とすべきものであるとした審決の判断には、原告ら主張の違法はない。
三 よつて、本件審決の取消しを求める原告らの請求は理由がないから棄却することとする。
〔編注1〕本件発明の要旨は左のとおりである。
扉が閉成される左右の門柱の基部を結ぶ線分が、距離Aだけ地所内方に平行移動してできる線分の略両端近傍に、該線分方向に対して無視できる厚さで地表へ植設された二の支柱と、該二の支柱中の地表高A近傍にその一端をそれぞれ軸着され、上記二の支柱の一及び該支柱と同一側の上記門柱とを含む面又は該面近傍の平行面内で回動自在とされた長さ略Aの支持アームと、該二の支持アームの開放端間に、該二の支持アームに対して略直交して一体に固着され、上記左右の門柱間を遮蔽するに足る面積を持つた化粧板と、上記二の支柱の少なくとも一又は地表からの剛体構築物に配設されて、上記二の支持アームの回動範囲を略九〇度とし、該支持アームの開放端が地所外方に向う略水平位置と上方に向う略鉛直線との間を移動するように、上記二の支持アームの回動行程を制限するストツパーと、支持アームの少なくとも一の上記軸着点近傍と該軸着点を配設された上記支柱、地表又は地表からの剛体構築物との間に係合され、上記支持アームの一を地表と親しまない方向に付勢しかつその作用線が略鉛直方向とされたスプリングとからなり、Aが略人高の二分の一であることを特徴とする軽便扉。(以下本件発明につき、本判決別紙本件発明図面参照)
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙本件発明図面
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別紙引用例図面
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(以下省略)